トリックオアトリート?
Halloween
「ほら。頼まれてたもの」
苺と花楓がそれぞれ突き出した大きな紙袋一つずつ。
『rita』と小さくロゴの入ったそれをナカはぎゅっと抱きしめる。
そして隣のウミと顔を見合わせて嬉しそうに頷いた。
「うわあ…ああありがとう!
開けてみてもいい?」
「もちろん」
紙袋の中でさらにビニールで綺麗に包まれた服を取り出す。
丁寧にアイロンがかけられていて、きちんとしわをつけず持って帰ることが出来るかどうか不安なくらいだ。
「ままま魔女っ子ですか」
ナカの髪の色と同じ煌めく黒いローブに、深い紫色のトンガリ帽。
全体的につやつやと輝き、ナカの腕を心地よく滑る。
靴まで揃いのものをつけてくれていて、縫い糸一本一本にナカへの愛情が込められていると感じるものであった。
ナカが感激に震える隣で眉間にしわを寄せている者が一人。
それに気付いた苺はにやにやと口元を緩ませる。
「…なんでオレが狼男なんだよ」
「あんたは日頃から狼でしょ?
それしかイメージ湧かなかったのよ」
「てめ…っ」
花楓は顔を赤らめ撃沈し、ナカは意味が分からずウミに尋ねようとして蹴られる羽目に。
茶色く、もこもことした毛で覆われたトップスに、それと同じ素材のショートパンツ。
ロングブーツと、ご丁寧に狼風の耳までついている。
もうすっかり風も冷えきり、木々も凍えるような時期にはありがたい計らいだ。
「まあ、ちゃんと『ウミ』用に可愛く作ってあげたんだから感謝してよね」
10月31日。
あるブランドのハロウィン企画でコスプレパーティが開催されることになった。
招待客はハロウィンらしく個々でコスプレをして参加するというものだ。
そのパーティーにモデルとしてウミとナカが招待されていて、このための衣装を苺と花楓に頼んだのというわけだ。
「本当にありがとう!大事に着るね!」
ナカは服をにぎりしめ、息を荒げながら緊張した極悪面になっていた。
最近ではとても柔らかな優しい顔が常のナカには珍しいこととなっているが。
「…サンキュ」
依頼に二人は快く承諾してくれたがきっと相当忙しかったのだろう。
ウミはそんなことを思いながら横目で僅かに頭を下げた。
『rita』のデザイナーに直々に依頼をして個人的に服を作ってもらえることなどめったにないことだ。
「…それ着て、楽しんできてくれればそれでいいわ」
「そーだなっ」
本当は二人の反応が心底嬉しいのに照れ屋なために素直に顔に出すことが出来ない。
しかし、やはり心なしか声のトーンが上がっているのに気付いてウミは心のなかで小さく微笑んだ。
街にそびえ立つ巨大なビル。
ガラスばりのエレベーターに乗り込み、ナカは上へ上がるに連れて小さくなる地上の景色にガラスに張り付きながらはしゃぐ。
「わ、すすすごいよ!みんなちっちゃいよ!」
「アホ。んなことでいちいち興奮すんな」
女モデルとしての『ウミ』の印象には似つかわしくない男言葉。
しかしそれを使うのはウミなりに心を許している証なのだ。
じっと外を眺めているナカの後ろ姿を盗み見ながらその愛らしさに高鳴る鼓動を押さえつつ、短くはあるが二人きりの空気に満足する。
「おい」
「え?」
「おまえ、ちゃんと菓子とか持ってきたか?」
ウミは可愛らしくハロウィン用にアレンジされた布製の袋を見せる。
「大丈夫!ちゃんとたくさん!」
ブランドの社長がイベント好きなこともあり、ハロウィンに則ってパーティーで話す人には必ず『トリックオアトリート』と言うというささやかなルールが設けられていた。
もちろん遊びではあるが忘れた者や無くなった者にはバツゲームが課せられるという。
「またジュースとか人にぶっかけたりすんなよ」
「イイイエッサー!」
「ウミ、ナカちゃんいらっしゃい!」
「こんにちは♪」
「こんにちは!」
「トリックオアトリート!」
Boom!の社長ももちろん来ている。
会えば最初のお菓子交換となった。
見たところ知り合いは見当たらず、ブランドの社長に挨拶に行く。
二人はそのブランドの宣伝モデルとして起用され、社長には手をかけてもらった。
つい最近撮影が全て終わり、打ち上げとしての役割もこのパーティーが果たしているというわけだ。
「社長さんっこんにちは♪」
「こっこんにちは!」
「二人とも、よく来てくれたね。
トリックオアトリート!」
二人とも鞄にたくさん入っているお菓子を渡す。
柔らかな笑みを浮かべた社長はそのとりまく雰囲気どおりのとても優しい人だ。
「トリックオアトリート!」
「お菓子じゃないんだが…二人にプレゼントだ」
「わあっ!」
「ああありがとうございます」
渡されたのは真っ赤なリボンでラッピングされた大きなくまのぬいぐるみだった。
社長には子供がいなく、二人を本当の娘のように思っているのだ、と以前話していた。
とても優しい心を持っているのに勿体ない、そう言いながら仕事を終えたある日を二人は確かに覚えている。
「邪魔になるかな?」
「大丈夫です!ありがとうございます!」
「そうか。ゆっくり楽しんでいってくれ」
「はい!」
撮影のとき以上の明るい笑顔を社長に贈り、きららかな人込みに消えた。
「トリックオアトリート!」
「トト…トリリックオアトリート!」
「おいナカ、どしたんだよ」
いつも以上にどもりがひどくなったナカを小声で小突く。
「じっ実は…お菓子がですね…さっきので、なくなってしまい…」
「はあ?おまっ、…それはやばいだろ!」
ウミの脳裏に『いたずら』という言葉がよぎる。
そんなに心配するほどのことではないことくらい分かっている。
しかし、大勢の前でナカがさらされるのはおもしろくない。
そしてなによりウミは自分以外の人間に、内容はどうあれ、ナカが『いたずら』されるのが嫌だったのだ。
「…ウミ?大丈夫だよ、わたし」
「…帰っぞ」
小さく呟いてナカの手を握り、出口へ急ぐ。
「え?!」
人込みを掻き分け、ナカの身体も気にしながら、歩みをどんどん速めてゆく。
「おいクソババア!悪ィ、帰る」
「はあ!?」
Boom!の社長は一瞬遅れて止めようとしたがもう二人はエレベーターに乗り込んでいた。
「ほら」
ウミはナカの片手では重くて大きくて持つことが出来なかったぬいぐるみを渡す。
いつの間にか走って会場を出た二人は息をはずませながら近くの公園のベンチに座っていた。
ナカは渡されたぬいぐるみを抱えてようやく一息つく。
「…社長に悪いことしたかな」
「おいナカ」
ナカの問いには答えず、口の端を上げる。
「トリックオアトリート?」
ウミがわざわざナカを連れてパーティーを抜け出したもう一つの理由だった。
お菓子のなくなったナカにハロウィンと称していたずらをしかけたかった。
苺の言うとおり、ナカの前ではどんなに隠していても本質は狼なのだ。
しかし、
「はいっ」
ウミの目の前には黒いローブの袖、小さな掌には小さな飴玉が一つ乗っかっていた。
ウミは目を疑った。
ナカはなかなか動こうとしないウミを不思議に思い、首を傾げる。
「あれ?どうしたのウミ」
「…なんで菓子まだ持ってんだよ」
確かに先ほどはなくなったと言っていた。
腑に落ちないが、しぶしぶ飴玉を受けとる。
「いっ苺ちゃんが…ウミ用には一つ置いときなさい、って…」
思い通りにならないハロウィンの秘密は苺の入れ知恵だった。
苺には二人の行動は予想の範囲内ということなのだ。
きっと今頃どこかでいたずらっぽく笑っているだろう。
「ウミも、トリックオアトリート!」
ウミと過ごす全ての瞬間をいつも初々しく大切に受け止めているようなそんなナカの振る舞いはふんわりとウミの心を温める。
ため息をついてナカの掌に小さなチョコレートを落とす。
「ああありがとう!」
紅潮したナカの顔を見るやいなや、ウミは小さな飴玉を口に放り込む。
乱暴にかみ砕き、ナカが呆然と見つめている間にまだ目立たない喉仏が上下する。
骨ばった手が前髪をかきあげる動作にナカはハッと我に返る。
「え…えと」
「…トリックオア、トリート」
ちらりと見せる白い前歯が、覗かせる紅い舌先がこの先の艶めいた時間を暗示させていて。
漆黒の長い髪の魔女は、獰猛な狼の胸にしっかりと収まった。
刺激的な鼓動を聞きながら、そっと冷えた唇の温度を分け合うのだった。
fin.
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あとがき。
ハロウィン記念ウミナカバージョンです。
…遅くなってすみません!(ジャンピング土下座!)
コスプレは本編でも大好きです…!
written by...澪