じりじりと、焼けつくように。




Jealousy




「…おまえ行くのかよ」

「へ?…まあ、誘われましたし…」

ウミの機嫌は最高潮に悪くなっていた。

事の発端は、3日前。


『次の休み、打ち上げいこうよ!』

『そうですね。海でも行きませんか?』

『いいですね〜』

今シーズン、ウミとナカが担当したブランドの打ち上げが行われることになった。

ウミとナカはメインのモデルだったのでもちろん行かなければ意味がない。

ウミは別に、自分のことは気にしていなかった。

水着を着られないテキトーな理由をつけさえすればいい。

自分なら乗り切れる。

心配なのは、ナカのことだ。

不思議なほど無防備で、鈍くて、きっとたくさんの男に狙われてしまうだろう。


これも仕事のうちなので、『行かない』では済まないことは分かりきっている。

ウミもプロだ。


しかし、狙われると分かっていて、自分が女でしかいられない場所に連れていくことがどうしても気が重かったのだ。



「ウウウミ!お…遅くなり…」

「行くぞ」

とうとうその日が来てしまった。

その姿を見て、無意識に水着姿を重ねて見てしまう。

想像でさえ直視できなくなってしまい、背をむけ、どんどんと進むしかなかった。

ナカは大股で歩くウミの背中を追いかける。

いつも以上に黙りこくっているウミに疑問と不安を抱きながら。



「ナカちゃん可愛い〜!」

ウミからすれば下着同然ともいえる水着から伸びた白い手足。

日焼け止めを一生懸命塗っていく仕草も不安でしょうがないウミの笑顔はひきつるようだった。


「あれ〜ウミちゃんは水着じゃないの〜?」

急にスタッフから声をかけられ、内心、心臓が跳び上がるような思いだった。

「あっ…あたしはっ、えと…今日は〜…」

わざと言いよどんでいるような演技をする。

すると、案の定女性スタッフの一人が、

「あっ!そうなのね!残念ねえ〜」

と、事情を分かったとでもいうようなフォローを入れてくれた。

ウミはもうそんなことはどうでもよく、ナカのことばかりを見ていた。


「ウウウミ!…なんか今日、元気ない…?」

パラソルの下で日焼け止めを塗るウミに問いかける。

のぞきこまれるように見つめられて、水着姿のナカを直視できなかった。

「…別になんでもないよ〜★変なナカぴょ〜ん♪」

「でもウミ…っ」

目を合わせることさえせずに、ウミはスタッフのところに走り去ってしまった。


「それにしてもナカちゃん可愛いねぇ」

「俺、来てよかった〜」

どこへ行ってもナカを変な目で見ている男スタッフや、一般客の声が聞こえる。

自分以外の男がナカの水着姿を見て、可愛いなどと言うのが不快でしかたなかった。

そして、そんな醜い嫉妬と、ナカの可愛いさへの激しい鼓動のせいでナカに普通に接することの出来ない自分も嫌だった。

恋人同士になった今でも独占欲は大きくなる一方で、ウミにはどうしようもなかった。


ふと、砂浜を見る。

光が反射してきらきらと輝く白砂。

きっと、『梶原海』として『蕪木那伽』と来るのなら心から楽しめたはずなのに。

そんなことを思っていると、長い黒髪が目に入る。

表情までは見えないが、明らかにパニックに陥っているナカの姿。

向かい側にいる男の影が見えた瞬間、ウミは走りだしてしまっていた。


「ああああのっ!その…わたしは…」

「うっわー、脚きれー!」

「だから一緒にあそぼって…」

ナカははっきり断ろうと、口を開きかけたが瞬間、後ろから腕をひっぱられすさまじいスピードに引きずられていった。

後ろを振り向こうとするがその速度ゆえ、それさえも叶わない。

ナカの手を引っ張るその力はしっかりとした『男』を思わせるもので。

「ウ…ミ…?」

しかし答える声はなくナカも黙っているしかなかった。



誰も来ないだろう建物の裏に入る。

海からは見えないし、他の建物からも死角になってい、見えない。

そして止まることのなかった足が止まり、ナカは座りこむ。


「あああありがとう…」

「…」

それでもウミは黙ったままでナカに背を向けている。

「…どうしたの…?」

「…」

ずっとおかしかったウミの様子。

ずっとずっと不安ばかりが大きくなっていった。

怒っているような、困っているような、感情のつかめないウミの態度。

無意識のうちに手を伸ばしてウミのTシャツを握っていた。

「…ウミ、今日おかしいよ?…どうして?」

心なしかTシャツの裾が震えた気がした。

「…てめえ…」

あの、よそよそしく感じられた女の子の声とはかけはなれた声。

「なんで、あんな男どもにからまれてんだよ!」

やっと言葉を発しはしたが、まだ振り向こうとはしない。

「ちょっと…ぼーっとしてて、スタッフさんとはぐれて…」

「だから、なんでそんな無防備なんだよ!

 んな姿さらして油断してんじゃねー!」

「だって!」

目も合わせず、言いたいことを言うウミにナカも反論する。

「ウミの態度がおかしかったから…それで考えてたら、目の前にいたんだもん!

 …わわわたしは…、あんな男の人よりも、今日のウミのほうが怖いよ…!」


Tシャツから手を離して、うつむいたナカの視界が急に白くなった。

いつもの匂いがする場所に抱きすくめられ、胸が高鳴る。

「…てめーが悪ぃんだよ。

 だから来たくなかったんだっつの。絶対狙われるから…」

ナカの一言に頭に上った血が下り、素直に想いを伝える。

それでも顔を見て話す勇気がなかったので抱きしめたまま。

「ずっと…ナカが心配で、でも俺はこの姿じゃ堂々とぶっとばせねーし…

 水着とかは俺の前でだけ着りゃいんだよ!」

絶対に赤く染まった顔を見せないように、さらにキツく抱きしめた。

「ウミ…ちゃんと…こここっち向いてください」

「…やだよ」

「そそそう言わず!」

「やだっつってんだろ…」

ウミが呆気にとられて腕の力を緩めた瞬間、強く胸を押した。

身体が離れて、お互いの表情がかちあう。

真っ赤にそまるウミの顔。

格好こそは女だが完全に男の顔をしていた。

ナカはその顔を見て、先程までの不安が全て飛んでいった。

声だけじゃ物足りなくて、その表情で気持ちを確かめたかった。


「…嫌われたかと…思った…」

安堵と同時に溢れてきた涙。

その涙を押し殺させるかのように己の唇を重ねるウミ。

いつもの優しいキスではなく、まだ心の炎はおさまりきっていないかのような唇。

荒れたような激情が流れ込んで来て、ナカはその愛しさに背中にキツく腕を回す。


「…嫌いになんかなれるかバーカ。

 …やっぱおまえ服着てろ。ぜってー俺から離れんな」

「そそそそっそんな!」

「水着は俺と二人のときにしろ!命令だ」

ナカは頷くしかなく、それからはウミから離れなかった。



じりじりと焼けつく太陽の下、燃える感情がひとつ。

苦しい心の疼きは愛しさの証で。

ナカの心にはいまだ、ウミからの熱がこもっていた。


fin.

****

あとがき。
企画SSです。
リクエストは「嫉妬」です。
嫉妬するウミさんは大好きなので楽しかったです!
遅くなってすみません。那架さまに贈ります。
written by...澪