頼むから。 一発だけにしてくれ。




ハート泥棒




ある日の帰り道。

空はまさに暗雲が立ち込めていて、いまにも雨が降りそうな様子だ。

傘を持っていなかった二人はまだ雨の降っていないこの時を狙って帰路についていた。



「かっ雷落ちないよね…」

ナカが曇った暗い空を見上げ、握った手の平にさらに力を入れる。

「そんな簡単には落ちねえっつーの」
「そそそそう、かなあ…」


すると、見上げた頬に冷たい雫が一粒落ちた。 そして息をつく間もなく「ウミ…」と呟いた瞬間にはザアッと大粒の雨にみまわれていた。



ウミは急いで自分のブレザーを脱ぎ、ナカの体にかぶせた。

「来い!」

そしてパニック状態のナカの腕をひっぱり、制服に水がはねることさえも気にも留めず走った。





近くにあった公園の石作りの屋根とささやかなベンチのある小さな場所で雨宿りをする。

雨脚は弱まることなく騒がしいその音とともに地上に降り注いでゆく。


「も、もうちょっと早く学校出ればよかったね…」

「…だな」

「ウミ…」

「あ?」

「ブレザーごめん…」

「…別に」


そこで会話は途切れ、無意識のうちにそこら一帯の空気を支配する雨音だけが耳に入る。

ウミは早く止まないかと軽く息を吐く。

ふと、繋がれた手の感覚に気付く。
…震えはじめている。

きっと雷がいつ落ちるか気が気ではないのだろう。

ナカは一旦気にしだすと止まらないたちだ。

ウミは一度ナカの手を解き、指先の部分を柔らかく握ってから、自分の指をそれに絡めた。

まるで、全ての不安を見透かし、自分に繋げるかのように。


「…安心しろ。雷、鳴ってもオレが隣にいてやる」

「ウミ…」

お互いの顔を合わせはしなかったがどちらも頬を真っ赤にして俯いている。

その雰囲気を壊すように、


「おいナカ。なんか話せよ」

と不意に要求をぶつける。
いたってシンプルだが「なにか」では難しい。


「なにかって…」
「なんでもいい。俺様が聞いてやるっつってんだよ」

そして、つかの間の沈黙ののち、ナカがやっと小さく言った。

「わ、わたしね…最近、嬉しいの」

「?」

ウミが不思議そうな顔でナカの方を向くので急いで、
別に今まで全然そんなことなかったわけじゃなくって、と付け加える。


「最近、嬉しいって思うことが多くなってきた、んです」

「なんでだ?」

「あ、あの…ね、さっきもなんだけど…ブレザーふわっとしてくれたりとか、手、繋いでてくれたりとか、安心しろって言ってくれたりとか…、ウミが」


鼓動が大きくなってゆく。

さっきまであんなにも大きく聞こえていたはずの雨音も今では何も聞こえない。

ナカが繋いだ手に力を込めた。


「ウミがね、わたしのこと、すきでいてくれてるってのが…ややややっと、本当に分かるようになってきたんだ。 …それがね。すごく嬉しいんです」


雨に濡れて冷え始めていた身体がまた熱をもちはじめる。

繋いだ手から熱が伝わり、お互いの高鳴った鼓動さえも聞こえるようだ。


――…やられた

何故ナカはこのタイミングでこんなことを言うのだろうか。
…外で、堪えられなくなったら…どうすんだってーの…。


「ウミ?」


ウミは言葉にするのももどかしくなりその細い身体を自分の身体におさめた。

二人にだけ、雨音以外の鼓動が響く。
背中に腕をまわし、指先に遠慮がちに力を加えて応えてくるナカに。

ウミは半ば衝動的にキスをした。

ふわりと風がやってきてナカの長い髪が揺れて二人の頬をくすぐる。

閉じた瞼の裏に優しい光を感じる。

そして柔らかく重なっていた唇はそっと離れた。


いつのまにか、あんなにも激しかった雨は止んでいる。

雲のすきまから光がさして美しい夕焼けになりつつある。

「雨…やんだなっておい!」

止んだ雨の代わりか、ナカはその愛らしい瞳に大粒の涙を浮かべている。

「ナっ…どした!?」

満足に名前も呼ぶことが出来ないほどにパニック状態に陥っている。
先程のキスが原因ではないかとどうしようもない不安にかられたのだ。

しかし、ナカにはウミの思っていることが全て分かっているかのように、

「ち…ちがくて…キス…やだった、わけじゃなくて」
区切りながらもウミに伝える。


「うれしかった…また。
 言葉よりちゃんと伝わっ、たよ」


きっと、まだウミを爆発させるような言葉は続くだろう。

しかし、聞かずにはいられない。
ナカの言いたいことがどれだけ大事かなんて分かりきっていることなのだから。


溢れる光の粒は雫となってナカの頬を艶やかに濡らしてゆく。

「あの、ね…」

くる、とウミは覚悟をした。


「…、…だいすき…っ」


また。
またもっていかれてしまった。

心を全部。


ウミは覚悟もむなしくまんまとナカの言葉にあてられ、その心を埋めるためナカの手を握り走る。


「どうしたの!?」


「てめーが…堪えらんなくすんのが、悪い」


えええええー!と先程までの態度が嘘のように、ナカは息をきらしながらその水溜まりだらけの道を走るのだった。

真っ赤な夕焼けが
二人の真っ赤な顔を見て、笑った。

fin.

****


あとがき。
どうしましょう。
無駄に長いですかどうですか(聞くな)
可愛いナカぴょんを書きたかっただけなんです…!
ちなみにもう一線は超えちゃってる設定ですよ★


written by..澪