トリックオアトリート?




Halloween



「トリックオアトリート!」

今日のアリス学園はいつも以上に活気あふれる声で満ちている。

各々、毎年この日は自分好みのお菓子を大量に持って来て、いたずらされないように備えるのだ。

なんといっても、アリス学園の生徒のいたずらはそんなに可愛いものではない。

いたずら好きの子供たちは誰かのお菓子がなくなったという情報を聞き出すとすぐさまその人のもとへ向かい、自慢のアリスを発揮するのだった。


ちなみに生徒たちのメインはお菓子なので、仮装まではしない。

しかし、教師鳴海だけは毎年凝った仮装(コスプレともいう)をしてくるのだ。


「あっ!鳴海先生がドラキュラになっとる!」

「去年はフランケンだったわよ」

「昔猫耳つけてきたときもあったな…」

ただ一人仮装をしてくるのだから毎年、忘れられないくらいインパクトは絶大だ。

しかし、

「あっ、鳴海先生」

「みんな、お菓子もらいにいこうよ!」

「鳴海先生ならどこでも見つかりそうだね」

目立つ格好をしているので生徒に狙われ、帰る頃には仮装もぼろぼろになっている。


そして、昼休み。

狙われそうな生徒がもう一人…。


そこは、鍵のかかっていない誰も使わない古い部屋。

彼女は昼休みも行われているハロウィンからひっそりと逃げてきたのだった。

「あかん…絶対お菓子足りひん!」

手元を見ると、数個のキャンディとチョコレート、マシュマロがあるだけであった。

午前中にかなりの人に会い、たくさんお菓子を配ったが午後もその勢いは衰えそうもない。

アリスを使ったいたずらなら無効化でどうにかなると思ったがすぐさまそれも出来ないアリスもあると思いだし気持ちが沈む。

そしてもう一つ。

「棗…今日は来ぃひんのかなあ」

今日は棗に会っていない。

きっと棗は来ていてもお菓子などは持ってきていないだろう。

いたずらしてみたかった…と思い始めると、自分にいたずらされている棗の姿を想像でき、自然と笑みがこぼれてくる。

しかし、そんなことで笑っている暇はなかった。

なんとかしてみんなに悟られないようにしなくてはならない。

こればかりは親友にも頼ることができない。

それどころか逆効果だ。


もうすぐ昼休みも終わってしまう。

「ああ…どないしよう…」


一人でいるとどうしても独り言が多くなってしまう。

その声が部屋中に響いてそれがまた不安を煽るのだ。

どれだけ考えても打開策は浮かばない。

蜜柑は、覚悟を決めてあるだけのお菓子で臨むことにする。

持ち前の明るさと前向きさで自分に喝を入れようとしたその時、



「ぎゃああっ!」

蜜柑は自分の目を疑った。

しかし、彼女の五感全てが目の前の出来事を肯定していた。

きな臭い匂いが鼻をつく。

赤く燃え上がる炎が瞳に焼き付く。


あっという間にわずかに残っていたお菓子は見事に消えてしまった。

あんなに激しかった炎も他に燃え移ることなくお菓子を焼き尽くすと同時に消えてしまった。


自然現象でこんな不自然なことが起きるわけがない。

思い当たるのはただ一人。


「ダッシュダッシュ…棗ぇ!出てこい!

あんたなんは分かっとるんや!」

すると、部屋にただ一つだけあった大きな窓が開いて見慣れた姿を瞳がしっかりと捉えた。


棗がなにを考えているかは分からない。

が、分からないなりに蜜柑の頭の中を嫌な予感が横切った。


「…トリックオアトリート!」

蜜柑が先手を打った。

棗のことだから絶対にお菓子など持ってきているはずがない。

棗は黙っている。

とっさに思いついた苦肉の策ではあったが蜜柑は勝利を確信した。


しかし、油断してホッと一息ついた蜜柑の口の中に広がるのは甘ったるい香り。

やっと捉えた棗の目は近く、静かに閉じられていた。

やわらかな唇の感触にやっと今の状況に気付き、身体中の血がかけ上がった。

そしていつの間にか口内に入りこんできた固体が甘い飴玉だと確認する。


「棗…っ!」

息をととのえるのもそこそこに蜜柑は悔しそうに呟いた。

「俺にいたずらなんざ10万年早ぇんだよ」

「どっ、どういう意味や」

「おまえのやることは全部お見通しだっつってんだ」

悔しくなりつつも、その言葉の裏に隠された棗の意思を感じ、言葉が出なくなってしまう。

『いつも蜜柑のことを見てる』

そう、ひそやかに伝えられた気がして。


「ところで、覚悟はいいよな?」

「な…なにが…?」

そうだ。

蜜柑はもうなにもお菓子を持っていない。

あとは、何を聞かれるか明らかだった。


「蜜柑」


蜜柑の身体は震える。

妖艶な棗の声に。

耳元にかかる熱い吐息に。

棗の全てに征服されてしまう予感に身体はびくりと震えたのだった。


「トリックオアトリート?」

蜜柑は何も言えず黙っていると、耳元に唇が触れる。

身体はどんどん熱くなり頭はぼやけてくる。

そして棗は蜜柑を抱き上げて大きな窓を飛び越えた。

「悪戯、決定だな」

二人の視線が瞬間的に合わさって、未だ飴玉の余韻が残っているかのようなキスを一つ。



結局、お菓子もいたずらも甘い甘いゆめのよう。


fin.

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あとがき。
ハロウィン記念なつみかんバージョンです。
なかなかありがちなネタですみません(わたしがベタが好きなのです)
久々で棗があんまし動いてくれませんでした…笑

written by...澪